鏡に映った自分を見て、子供がそれを好きに思い、欲しいと思って鏡を壊して得ようとした。
でも、鏡をこわしてから、どこを探してもそれは出てこなかった。
それを見て知識のある大人は笑う。
これと同じように、
心の鏡に映ったものを取ろうとしても、
映ったものはお客さんのようなもので、
手に入れたような気になっていても、
心の鏡に映ったものは、ひととき自分のところにとどまると、それらはまたどこかへ帰っていく。
ただ心の鏡だけはその家の主人のように、そこにずっと居る。
この鏡を壊しても何も得られないし、
映ったものを取ろうとして、引っ掻いてみても、どうしようもないことである。
この客とのひとときは、この宇宙の中での奇跡的な出会いである。
そのひとときにやるべきことは、客との談笑を楽しみ、交友を深めることであって、相手をつかまえることではない。
子供を笑った大人たちが、それぞれ自分の欲しいものを得ようと求めても、仏はそうじゃないよと優しく笑う。