danapati’s blog

お坊さんのブログ

無我とアニメ 後編(無我の大我)

前回のつづきですが、

前回は、弘法大師は心全体を「無我の大我」と呼んだというところまで話しました。

無我の大我とは、大日如来のことです。

大日如来とは、

「すべてを照らすもの」という意味です。

もとは「マハーヴァイローチャナ」というインド語です。(奈良の東大寺毘盧舎那仏はこの、「ヴァイローチャナ」と同じ言葉です。)

「すべてを照らす」とは、

要するに、あなたの心がすべてを照らし見ていることです。

照らし見るとは、明らかに見ること。

前回同様、海と波の例え話にしますが、

波を景色として「見ている」分には、よい気分。

でも、

波に巻き込まれたら、引き込まれたら?

よい気分どころではありませんね?

不安や恐れを緩和するには、

波に巻き込まれず引き込まれず、

「照らし見る」ことが大切だということです。

大日如来とは、すべてを映しとっているあなたの心のことですから、心配しなくても世界をいつも照らし見てくれています。

あとはあなたが、そこに「映った」波に、

引き込まれず、巻き込まれず、

喜びの方を選ぶことです。