大きな車輪を思い浮かべてみてください。
大きな車輪が宇宙に浮かんでいます。
その車輪が一周するのに一億年かかるとしましょう。
その車輪が一番高い所を人間に生まれる時としましょう。
そこで人間に生まれて、次に人間に生まれるのは一億年後。
仏教では人間に生まれるのは、そのくらいまれなことだといいます。
その中で仏教に出会って修行できる確率、
さらに仏教の中の真言密教に出会う確率たるや表現もできないほど少ないものです。
輪廻の中では、人間に生まれた時しか修行ができないと言います。
天人に生まれると生活が恵まれ楽すぎて、あえて努力を選ばず、人以外に生まれると、生活は苦しすぎ、仏教と出会うこともできず、修行するための知能も持たないためです。
それらに比べて人間界の楽や苦しみは修行のための糧となるとされます。
私たちは一生の中で様々な浮き沈みを経験します。
今はどん底だと思うことも何度もあるでしょう。
でも、仏教の考えに従うと、
一億年の輪廻の中では間違いなく、仏教に出会っている今がピークで、最後の王手をかけていることになります。
仏教内に限らず、昔から偉人と言われるような人物は、この仏教の世界観を知っていて、ここが踏ん張り時だとがんばり、偉業を成し遂げました。
非科学的なことは、人によってどう受け取られるかわかりませんが、少なくとも誰にでも言えるのは、間違いなく結果を産んできた考え方だということですね。